吉岡秀人が海外で医師活動を始めたきっかけは何?経歴や生き方がかっこいい

テレビ番組「カンブリア宮殿」で、アジアを中心とした発展途上国で医療活動を行っているNPOジャパンハートの創設者であり、小児外科医の『吉岡秀人』さんが出演します!

吉岡さんは、ミャンマーを始めとしカンボジアやラオスで医師活動を行っており、ジャパンハートというNPO法人を立て、アジア医療の底上げに貢献しています。

そんな吉岡秀人さんの生き方がかっこいい為、まとめてみました!

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吉岡秀人のプロフィール


出典:Facebook

プロフィール

名前: 吉岡 秀人

生年月日: 1965年8月12日

大分大学医学部を卒業後、大阪、神奈川の救急病院で勤務
1995年~1997年 ミャンマーにて医療活動に従事
1997年~2001年 国立岡山病院勤務小児外科医師
2001年~2003年3月 川崎医科大学勤務小児外科講師
2003年4月~現在 再びミャンマーにて医療活動に従事
2004年4月 国際医療ボランティア団体ジャパンハート設立
2017年6月 特定非営利活動法人ジャパンハート最高顧問就任

吉岡さんは小児外科の専門医で、ミャンマーを始めとした発展途上国の国々で無償の医療活動を行うスーパードクターです。

使命感で自身の人生を歩んでいる、数少ない成熟した素晴らしい人です。

そんな吉岡さんが海外で医師活動を行ったきっかけは何であったのでしょうか?

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吉岡秀人が海外で医師活動を行ったきっかけは?

創設者メッセージの中の動画「Japan Heart 1.0-3.0」の中に、吉岡さんが海外(ミャンマー)で医師として活動するきっかけが語られていました。

少し内容を要約しますが、

第二次世界大戦時、ミャンマーへ派兵された日本人、約20万人が現地で命を落としました。

そんな日本兵をミャンマー人はかくまい、水や食料を与え、多くの日本人を助けてくれたそうです。

戦後ミャンマーを訪れた慰霊団の人は、貧困によって医療を受けられず苦しむミャンマー人が多くいると吉岡さんは聞き、

日本人に手を差し伸べてくれたミャンマーの人々への恩返しとして、命を救う医療活動を始めたそうです。

吉岡秀人の生き方

先ほど述べた通り吉岡秀人さんは、1995年からミャンマーで医療活動を始めました。

当時、とにかくミャンマーの医療ボランティアの医療レベルは酷い有様だったようです。(発展途上国を言い訳に、いい加減で雑だったみたいです。)

自分が扱っているものは、自分の人生。いい加減な行為や中途半端な行いは、自分の人生に対して行っているのと同義になる。それは人生を汚すことと一緒だ。自分が苦労してでも正しいことをしていかないと感じたそうです。

そういった思いや、個人で動くには医療活動できる規模の限界を感じた吉岡さんは、2004年に医療活動をより加速させるためにボランティア団体の『ジャパンハート』を設立しました。

そのときにミャンマーに『ワッチェ慈善病院』を作り、医師と看護師含め数名体制からスタートしたそうです。

過去から今に至るまで、約20万人もの患者を救ったと言われています。

1995年からの活動となると今年で25年目になりますね!

25年間ひたすら患者と向き合い、人を救い続ける。並大抵の思いの人ではできないことだと思います。

そんな吉岡さんは、『医療行為=自分の人生』と考えています。

患者であれ物事であろうと、今自分がやっていることは、すべて自分の人生と向かい合っていることだから

そうやって自分の反応を受け取って自分の人生を自覚していく

そういうつもりで謙虚に自分の人生と向かい合って自分を自覚していく

こういった強い軸があるからこそ、25年間もの医療行為を続けられるのでは無いかと思いました。

吉岡秀人さんの生き方。とてもかっこいい生き方ですよね。

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まとめ

今回、吉岡秀人さんの生き方や経歴などを紹介しました。

ジャパンハートは随時ボランティアを募集しているので、もし興味があればこちらも併せて読んでみてください!

2020年4月9日に放送されるテレビ番組「カンブリア宮殿」で、海外医療を行うNPOジャパンハートの創設者であり、小児外科医の『吉岡秀人』さんが出演します。 吉岡さんは、1995年からミャンマーを始めとした周辺国の医療活動を始め、ジャパンハートというNPO法人を立て、アジア医療の底上げに貢献しています。 そんな吉岡秀人さんは、どんな風にボランティア活動をしているのか、またその参加方法が気になったので、簡単にまとめてみました!

そして、もしお時間のある方はこちらの動画、創設者のメッセージが込められた動画見るのをオススメします!

私はとても感動しました。

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