出典:http://otonakeikaku.jp/profile/profile_hoshino.html
星野源 39歳
歌も歌い、踊りも踊る。ドラマで主役を演じたりもする。
歌手なのか俳優なのか、文筆家としての一面もありエッセイも数冊出版されている。
一体彼はなんと肩書をつけて良いか分からないくらい多彩な才能の持ち主である星野源さん。
紅白歌合戦に5年連続で出場していることもあり、今では彼に対して、歌手としてのイメージが強い人が多いのではないでしょうか?
しかし、活動し始めた頃は今のように歌を歌っていませんでした。
そんな星野源さんが歌を始めたきっかけが気になったので調べてみました!
星野源が歌を始めたきっかけは?
星野源さんは中学の頃に、ギターと演劇を始めたそうで、その経験が今のスタイルに反映されているのではないだろうか。
最初は『SAKEROCK』というインストゥルメンタルバンドを結成し、そこでギターだけを弾いていました。
メロディーを聴くと『あー星野源だなー』ってなんとなく思える彼らしいテイストですよね!
当時は『歌いたい』と思っていた星野源さんですが、歌うのが恥ずかしかったようで、結局歌は無しのインストゥルメンタルバンドになったみたいです。
このPVで聴こえる声の音は、歌いたい星野源さんの魂の叫びを表したものなのではないでしょうか?笑
そんな星野源さん。細野晴臣さんが主宰するレーベル『デイジーワールド』からお誘いが来て、細野晴臣さんが『歌ってみないか?』と勧められたことから、星野源さんは歌を歌うことになりました。
そんなデイジーワールドから出た1stアルバムの中から1曲をどうぞ!
皆さんも感じるかもしれませんが、星野源さん歌って正解でしたね!!
とても良い声です!!!
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星野源の師匠「細野晴臣」との出会いは?
細野晴臣さんって言ったら、かの有名なYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーの一人ですよね!
かの有名な曲『ライディーン』を生み出したバンドであり、細野晴臣さんはYMOでは主にベースを担当してます。
(最初ライディーンだと普通すぎるので、君に胸キュンの方を紹介しようとしたけどやめました笑)
皆さん一度は聴いたことありますよね!!
私も昔、毎日擦り切れるくらい聴いた記憶があります。
そう!先ほどさりげなく細野晴臣さん主催のレーベルに誘われたって書きましたが、めちゃくちゃすごい人に誘われているんですよね。
細野さんは音楽の教科書に載ってもいい人ですからね!
そんな星野源さん、高校時代のときの先輩から細野晴臣さんの曲「恋は桃色」を勧められてCDを買ったそうで、それが星野さんと細野さんとの最初の出会いでした。
もしここで細野晴臣さんの曲と出会うことが無かったら、今の星野源さんは無かったかもしれません。
細野晴臣ドキュメンタリー『NO SMOKING』で星野源さんがナレーターを務めていたのですが、そこでのインタビューでこうコメントされていました。
星野源:
「普段何気なく僕たちが聞いている音楽のルーツが細野さんにあることを知ることもできます。」
星野源さんにとって細野晴臣さんは、まさに今の「星野源」を形成した人でした。
そんな星野源さんに対して、細野晴臣さんは、こう言っていました。
細野晴臣:
「音楽的に受け継がれていることがある。これからは、星野君、よろしくね。あとは、よろしく」
あの細野晴臣さんから、「これからはよろしくね!」と言われるなんて…すごい!!!
そんな星野源さんと細野晴臣さんの関係はどうなのでしょうか?
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星野源と細野晴臣の関係は?
『めちゃくちゃ仲良しです!!笑』
一緒に手を繋いで写ってる写真があるくらいです!!笑
よく見ると恋人繋ぎしてませんか?笑
そんな星野源さんと細野晴臣さんは、細野さんへ相談という形式で幾度と繰り広げられた対談したり、ラジオで共演したり、共演ライブしたり…
お互いの才能を認め合い、お互いがお互いを対等な関係として見ており、尊敬し合っています。
そんな細野晴臣さんのことを星野源さんは師匠と呼んでいます。
二人は親子くらいの歳が離れているのに、何の隔たりも無く、本当に素敵な関係ですよね!羨ましいです!!
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まとめ
今はよく歌っている姿を見る星野源さん。
最初は、実は恥ずかしがって歌を歌っていませんでした!
そんな星野源さんが歌を歌うきっかけになったのは、師匠の細野晴臣が「歌ってみないか?」と誘われたことにありました。
高校時代に細野さんの楽曲「恋は桃色」と出会ったことで、今の星野源さんのルーツが築かれました。
そんな二人は大のつく仲良しでお互いを尊敬しています。
是非これかも素敵な二人の活躍する姿を期待しています!!